・久しぶりに読むと結構ホラーなオチだと思った。冒頭で提示された「三枚ある写真」が同一人物だということは知れていたけど、まさか27歳でそんなに老け込むのは怖いかも。
・幼少期の描写、読んでいてめちゃくちゃ心が痛くなった。完全にアダルトチルドレンの「ピエロ」だ。私にも覚えがある。お土産の下りとかが特にそうで、家を支配しているのが「親のルール」なんだよね。子供のしてほしいことを聞いているんじゃなくて、親がやりたいことを子供が推測して正解しないといけない。正解が常に親の側にあって、子供は推測しないといけないの、長期間にわたるほど本当に心身の健康によくない。
・家族が集合してごはんを食べるのが苦痛だという描写もよく分かる。なんで一緒に並んでごはんを食べなきゃいけないんだってくらい、しんどい人とごはんを食べるのは辛い。わたしも、食事自体が嫌いになったことがある。
・一方で、そうは言っても同時期の庶民に比べたら、随分上澄みの悩みだなあと思った。田舎の代議士一家の末っ子、少なからず自伝の面もあっただろう。衣食住に事欠くような描写はないし、教育を受けた立場だからこその「上から目線」も気になった。作者が意図的に描いていることと、無意識の部分があると思う。
・もちろん上流階級が悩んじゃいけないってことはないし、悩みの質や量で争ったとして何も解決しない。どっちが辛いってこともない。ただ、もっと根源的な悩みがあると知らない人の視点で、身一つでなんとかなるとか、自分でなんとかしてやるとかって考えがそもそもないよなって思った。そういう意味では現代人に近いかも?
・生活の水準が高いほど、もっと根源の、食べ物や住む場所に困るってことを思いつかないよね。それは水準そのものが上がった現代の方が難しい話かもしれない。いやどうかな、貧富の差が見えにくくなっただけかも。街中で「見かける」ことが減ったよね。
・もっと苦労しろ! 死ぬ気で働き口を探せ! という意味ではなく、この主人公は「自分にはできない」「他に方法はない」と思い込んでいることが多いと思った。これは主人公の環境も関係あるだろうなあ。実家から仕送りがあるっていうのは恵まれてるとも言えるし、都会に出てもしがらみから抜け切れていないとも言える。一方で、主人公の内面にも関係がありそう。この人が「自分にはどうしようもない」って思い込んでる原因は、少なからず前述した「親のルールが家庭を支配していた」経験によると思うんだよなあ。だって明確なルールではなくて、すべてはその時「親がやりたいこと」「親の機嫌」次第で、そこから外れたら不正解なわけでしょう。自分にはどうしようもない天災のようなものだもんね。考え方そのものがもうずれちゃってる。
・女性たちの家に転がり込んで一見うまくいきはじめたように見えても、結局は一時的な逃避にすぎない。この人を本当に苛んでいるのは、抑圧的な家族でも、慢性的な無気力でも、アルコール依存でもない。一番の根っこは、自分自身に深く絶望しているってことだと、わたしは思った。
・先に言った「自力でなんとかしてやる!」という考えは、そもそも自分に最低限の自信がないと思いつけない。また、主人公はどんどん落ちぶれていくけど、「落ちぶれていく」と思っている時点でまだ自我は上澄みにある。本当の意味で身一つ、いわゆる裸一貫になるには、まず自我の方を手放さないといけないんじゃないだろうか。なにも自分は地べたに這いつくばって然るべきだという訳ではなく、「今の自分はここにいるんだ」という実感を持つという意味に近い。底辺にいるとしてもそれは一生続くものではないし、今から少しでも何か行動を起こせば、バタフライエフェクトの行く先は無限大のはずだ。
・幼少期の体験はやっぱり強烈で、自分の人生の決定権を完全に他人に握られてしまったことが、主人公が永遠に一歩を踏み出せない理由なんだと思った。言ってて自分にもまあまあ効く。人間になれなかった「わたしたち」は、別に人間にならなくてもいい。なろうとしてもいい。ダメで元々、人間「失格」で上等からスタートなのだから、そういう意味では楽に生きていられるかもしれないのだ。
